キス

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「どこか行きたいところでもあるの?」 僕は尋ねてみた。 すると女は静かに首を横に振ってから言った。 「そういう訳ではないわ。ただ、純粋にこの車に乗ってみたくて。迷惑ならばいいんだけど」 申し訳なさそうな表情を浮かべて言う女が、僕にはひどく可愛らしく見えてしかたがなかった。 僕は少しだけ間をおいて、考えるふりをしてから答えた。 「いいよ。ただ行くあてもなく、ドライブをしているだけだからね。僕なんかの隣でよければ乗っていいよ」 僕の答えに、女は顔を輝かせると、「ありがとう」と言って、再び眩しいばかりの笑顔を浮かべる。 そうして僕が運転席に乗り込むと、女はそっと助手席の扉を開けて車に乗り込んだ。 「名前は?」 「レイよ。あなたは?」 「孝明だよ」 「これからどこに向かうの?」 「どこか、行きたいところがあるかい?」 レイは行き先を考えるように首を傾げて、少し黙り込んでから、「海」と言った。 「わがままを言ってもいいのなら、海に行ってみたいな」 「海か。少し遠いけど、構わないかい?」 「構わないわよ。時間ならばいくらでもあるもの」 僕はレイの答えを聞いてからアクセルを踏み込んだ。 カーステレオのスピーカーからは相変わらず僕の知らない洋楽が流れている。 レイはその曲を知っているのか、音楽のリズムに合わせて、小さく体を揺らしていた。 僕は横目でそんなレイの綺麗な横顔ををチラチラと覗きながら、海へと向けてスピードを上げた。
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