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目の前には賑やかな町。店がたくさん並んでいて、威勢の良い声が飛び交っている。
食べ物を売る声。子供がはしゃぐ声。家族の声。恋人たちの声。
自分が住んでいた山奥の小さな人里とはまるっきり違う。
薄暗い景色をはね飛ばすような提灯たち。それに賑やかな声。
弥生はこんな風景を生まれてこのかた一度も見たことがなかった。
しかしそれは賑やかだというだけではない。
見たこともない、生き物。
少女の名前は弥生(やよい)。肩の上で切り揃えられた藍色の髪の毛に、太股を露にした短い丈の若草色の着流しを着ている。腰には木刀を差して、歳は十五・六の少女。大きな風呂敷を担いで、髪の毛と同じ色をした目をしぱしぱと瞬かせた。
そう、目の前に広がっているのは見たこともない珍妙な生き物。
話に聞いていた、妖怪。
「これが、妖怪……」
信じられない思いで目を擦ってみても、何も変わらない。
来てしまった。来てしまった。
「ほんとうに来ちゃったっ」
弥生は風呂敷を握る手に力を入れた。
すると周りに妖怪がわらわらと寄ってくる。思わず悲鳴をあげかけたが、喉元に抑えた。
弥生は自分を囲む幾数もの目を遠慮がちに見た。中には人間みたいな形のもいるが、これも妖怪。だって頭から角が生えてる。尻尾が生えてる。体が鱗に覆われている。
どうしよう、逃げれない。
いや、逃げてはいけないのだが。
そもそもなぜこうなったかというと、時は三日前に振り替える。
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