落ちて、堕ちる

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 一杉蓮次(ヒトスギ レンジ)は平々凡々な高校生ではない。少なくとも、少しだけ周りとは変わった人間だった。  例えば、髪の毛。  何の手入れもしていない彼の髪は、頭の頂点から跳ねる様な癖毛が、必ずあるのだ。  寝ても、帽子をかぶっても、水を被っても直らないその癖毛がある以上、彼は少なくとも平凡ではない。  例えば、彼の育った環境。  孤児だったというワケでは無いが、彼の両親は本当の親ではない、養父母である。実際の親は、顔も名前も知らないらしい。  例えば、思考。  そんな、少なくとも平凡ではない環境に育ってきた蓮次が考える事も、少なくとも平凡では無かった。  彼自身、自分が平凡だと思った事は無い、だが平凡であろうと思った事は、幾度と無くある。  ──それを少しでも意識してしまったら、平凡では無くなるのに。 .........  夕暮れ時、蓮次は平凡な高校生らしく、西に沈む夕日を眩しく思いながら河川敷を自転車で走っていた。  追い風で、ペダルが軽い。  前方には、犬の散歩をしている人達が数多く見られ、それが蓮次が高校生になり、この道を通学路とした時からの日常風景になっていた。  そんな日常風景を目に焼き付けながら自転車を漕ぎ、蓮次が自身の住んでいるマンションに到着するまで、十分も掛からなかった。  いつも人気が無い自転車置き場に自転車を置き、鍵を掛ける。 「よいしょっと……」  かごに入れていたバッグを肩に担いで、住民専用の裏口から、マンションの中に入ると、丁度マンションの中から正面玄関の方へ歩いていく、二つの人影が見えた。  一人は大きなトランクを持った女性で、その隣に長い髪の少女。  二人は蓮次には気付かす、そのまま正面玄関から外に出ていってしまった。 (見かけない人だな……)  他の住民の客と割り切れば良い話なのに、蓮次はどこか腑に落ちないのか、考えながら歩を進める。  だから平凡では無いのだ。  頑張って考えても無駄な事を、エレベーターに乗って必死に考える蓮次。 (見た感じ、姉妹にも見えたけど……──って、こんなの考えても、意味無いだろ俺……)  気付くのが遅すぎるのである。  そんな自分の思考回路に、ため息を吐きながら自分の住む階へ到着したエレベーターから降りて、蓮次はすぐそこにある、『一杉』と書いてある表札のドアを開けた。
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