落ちて、堕ちる

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 ガチャリ、と、鉄製の扉が開く音。 「ただいまー……──ん……?」  扉を開けた蓮次がまず気になったのは、鼻を刺す様な強い鉄の臭いが、奥から流れてきている事だった。 (っていうか、鉄……? 妙に違う気もするけど……) 「母さーん?」  奥にいる筈の母親に、何となく声を掛けてみる。返事は無い。  それも気にかかった蓮次は取り敢えずその臭いの正体を確かめる為に、扉の近くで止まっていたその足を前に踏み出した。  その瞬間、 「──ッ!!」  気が付くと、彼は落ちていた。  どこに、とか、どうして、とか、どうやって、とか、そんなの解る訳が無い。ただ踏み出された足が、玄関の床を踏む事は永遠となく、突然現れた空間の切れ目へとなすがままに落ちていっただけなのだ。  そして、僅かな落下感をその身に感じ、その直後、全身に渡って強い衝撃と、左肩に激しい鈍痛が走った。  思わず目を瞑っていた蓮次でも、落ちて、地面と衝突したという程度は解る。  しかし、一体何が起こったというのか。彼は今まで、マンション部屋の玄関に居た筈だ。あそこから一歩踏み出して、どこかに落ちる要素など皆無なのだ。  とにかく、しばらく目を瞑っていた蓮次だったが、これ以上何も無いと把握すると、恐る恐る目を開く。  そして、蓮次の目に飛び込んできた光景に、彼は言葉を失っていた。 「な……」  絶句。  彼が言いたかった言葉は、おそらくこうだろう。  ──なんだよ、これ。  そんな、たった六文字の言葉も発音出来ない程に、蓮次の思考回路はパンクしていた。  彼の目に映っていた光景──木々が生い茂る、自然豊かな風景。蓮次が居る場所は、アスファルトの舗装すらされていない、地慣らししただけの、土で出来た道の上だった。  意味が解らないと、蓮次は改めて思う。  今まで彼は部屋の玄関に居た筈だ。そこから何故か落ちて、何故か今、こんな意味の解らない場所に居る。  いつの間にか気を失っていて連れて来られた、という考えが蓮次の頭に浮かんだが、それも混乱の上の考えで、だんだん冷静になってくると、その考えも自然に消えて無くなっていた。  そしてようやく、携帯電話という最善の手を考えついた蓮次は、焦っておぼつかない手でポケットから携帯を取り出し、折り畳み式のソレを開けると───  圏外。
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