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まだ、幼い頃。
同期の中でも、それほど強く無かったオレは練習が終わる度に泣いていた。
「なぁ、誠慈」
稽古が終わり、道場にある縁側で風に当たって休んでいたオレに、祖父が話し掛けて来た。
「なに?おじいちゃん」
「誠慈はどうして武術なんかを習おうと思った?」
何て事の無い質問。
だけど、その時の祖父の目は真剣だったのを覚えてる。
「ぐすっ…えっとね、この人みたいになりたい!」
当時、ハマっていた漫画を持ち出し、主人公を指差す。
漫画の内容は…良く覚えていないが、主人公は敵を容赦無く切り捨てて、それが堪らなくかっこ良く見えていた。
祖父は真っ直ぐに此方を向いていた。
「想像の物に憧れるのもいけないことでは無い。例えそんな理由でも、私はお前がこの流派を習いたいと言ってくれた事、本当に嬉しかった」
「…でもね、けいこしてておもったんだ」
「ん?」
開いていた漫画を閉じて、目を伏せる。
「なぐられればいたいし、なぐっても自分のて、いたいんだ」
「…誠慈」
オレの頭に大きな、ゴツゴツとした掌が乗せられる。
「人を傷付ける事に何の抵抗も感じなくなってしまえば、其奴はもう人間とは呼べない」
真剣な目が優しくなり、祖父はオレに微笑んでくれた。
「人は殴られれば痛いし、殴っても痛い。それが分かっていれば、誠慈はきっと本当の意味で強くなれる」
ゴツゴツした掌は、オレの髪の毛をかき回した。
くすぐったかったが、心地よく、オレは目を細める。
「男なら、やらねばならない時が来るかもしれない。自分の身を守るため、大切なナニかを護るため…でも、今誠慈が感じている「それ」を大事にするんだよ…偽りなく、弱き者を助ける。そんな願いが、誠慈の名前には込められているのだから」
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