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「なにしてるの?」
亜印さんは僕に問う。
繁華街を楽しげに通行する人波は、背景でしかなかった。
それは亜印さんも同じようで、僕は精一杯冷静な声で彼女に告げる。
「シャンプー。リンスは買うの忘れたんです」
クスクスと聞こえる嘲笑も、どしゃ降りの雨の音で気にならない。
「バカじゃないの」
「反論の余地がないです」
にひ、と笑う僕。
俯いて僕に歩み寄ってくる亜印さん。
「ん」
僕に向かって手の平を突き出す亜印さん。
その手の平には見る見るうちに雨粒が溜まっていくがさして問題にはしてないようだ。
「ん!」
俯いて手の平を差し出し続ける亜印さんの意図が全く分からない僕は、亜印さんの手の平をただ見ていた。
「それ、貸して」
「え?」
亜印さんは僕のポケットにねじ込んであったキューティクル配合のソイツを強引に奪い取り、自分の手の平にニュルニュルと注ぎ込む。
俯いたまま無言で自分の頭を泡だらけにした亜印さんは、小さな声でぼそっと呟いた。
「バカじゃないの」
ガシガシと、ひたすら雨に打たれつつガシガシと……亜印さんは手を動かし続ける。
僕はその時気付いたんだ。
ぽろりぽろりと大粒の涙を流す彼女に。
恐らく僕とは無関係な涙を繁華街の歩道で見せ付ける彼女は「バカじゃないの」と繰り返す。
僕は
やはり
何も言えなくて。
ただガシガシガシガシ頭をこすりつけながら
大きな涙を眺めていた。
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