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ドロドロに溶け出したような僕を乱暴に誰がが揺する。
「……っ」
今起きます。はい、今起きますってば。
「………………っ!」
分かりました分かりました。起きます、てかもう後は目を開けるだけだから。
「香川君っ!」
「はい!?」
え?
亜印さん?
僕はゆっくりと上半身を持ち上げながら覚醒を促す。
そうだ。
ラブホテルに入ったんだった。
てっきりいつもみたいに早百合が来たのかと思った。
「うなされてたよ香川君。酷い汗」
「僕どのくらい寝てました?」
「一時間くらいだけど」
鼓動が早い。
ドクンドクンと背中を叩かれているような衝撃を感じながら汗を拭う。
「うわ」
粘性の高い汗が体中から吹き出していて、所々筋肉も痛む。
随分体に力が入っていたようだった。
「ねえ香川君」
「はい?」
「しないの?」
「しないです」
また何を言い出すかなこの人は。
「生物学的に見てどうって事?私と子孫は残せない?」
「んー」
「俗に言えば、欲情しないって事かしら?」
「えーと……」
「それとも……」
「いくら僕だって泣いてる女の子には笑って欲しいんです。欲情どころじゃないですよ」
亜印さんは少しだけ目を見開いた。亜印さんにしては珍しい表情だ。
というか、最近の亜印さんは『隙』が目立つような気がしないでもない。
「なに言ってるのか分からないわ。泣いてないもの」
「泣いてるでしょ」
「泣いてない」
「じゃあ笑ってみてください」
にこ、とぎこちない笑みを作る亜印さんの表情は見る見るうちに崩れていく。
「ほら泣いてない」
なにが『ほら』だ。
「分かりました。だから」
そんな無理やり作った歪な笑顔は痛々しいだけなのに。
「泣いてない!」
薄暗い部屋に響く悲しそうな叫びは、この安っぽいホテルに妙にしっくりとくる。
「だいでな゛いっ!!」
涙を隠そうともしない亜印さんは今助けを、僕に全力で助けを求めている。
なのに僕は。
彼女の泣き顔を
ただ眺める事しか出来なかったんだ。
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