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「極端な例だとね、右手でボタンをはめると左手がはずしちゃうの」
「よく……分からないんですが?」
ニコニコと亜印さんは至近距離で笑顔を浮かべる。
「手がね。独立した意思を持つの。自分の手なのに言うこと聞かなくなるんだって」
僕は背筋に冷たい汗を感じた。
「それを僕に……?」
「出来る訳ないでしょ。『他人の手症候群』はただの病気。脳の、ね。今から香川君が体験するのはもっと崇高な検証です。誇っていいからね」
「……余計に怖いんですけど」
でもまあそりゃそうか。
脳の病気を僕で実験なんて出来る訳ないし、設備も無い。
ここにあるのは化学部から拝借してきたショボい電極計測器だけだ。
「準備完了。はい香川君」
「え?」
「好きな時に手首曲げて」
「好きな……時?」
「ええ。それだけよ。簡単でしょ?」
全く分からない、分からないが……今まで分かった試しがあるかといえばほとんど無い。
僕は言われたようにランダムにくい、と手首を曲げる。
いつ、どの瞬間で曲げようと思ったのかを記述しつつニコニコと機嫌の良さそうな亜印さんを目に焼き付けておこう。
なにせ珍しいのだ。
校内では男女問わずほとんど亜印さんの笑顔など見たことは無いだろう。
彼女はこの妙な実験をする間以外のほとんど全ての時間を
強烈な美貌と言動によるバリアで立ち入る者を生徒や教師の差別無くスルーしているのだ。
実に勿体無いと……他人ごとながら思う。
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