謎と恋と投身自殺

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「なあ香川。お前の気持ちも分からなくはないが……」 今日の放課後は実験ではなく説教。 相手は亜印さんでは無く僕の担任の福山だった。 善人がネクタイ締めて40過ぎればこうなるんだろうな、という物理教師。 言葉に悪意は無く、 正論しか吐かず、 ゆえに嘘臭い。 でも僕は福山の実直な授業は割と好きだった。 「聞いてるのか香川」 「はい、すいません」 「お前は成績も悪くないのに大学に推薦出来なかったのは素行だ。あまりにも目に余る」 「はい、大学には行く気ないです」 ふいぃと大仰に溜め息を吐く福山。 店長と電話で話したりしてるらしいのでなんとか僕を大学に放り込みたいんだろう。 「先生今日会議があるんだよ」 頭をボリボリかきむしりながら愚痴るような口調で僕に時間がない事を告げる。 「僕もバイト行きます。それじゃ」 ガタガタと椅子を引き教室から出ようとする僕に福山が声を掛ける。 「そういやお前……2組の亜印と仲良くなったのか?」 「なんでですか」 「先生方が偶にお前たちをこの教室で見かけてな」 「人違いですよ」 僕と仲良くして亜印さんに得する事など無い。悲しいほど断言出来る。 ので誤魔化す。 「亜印もお前と一緒でヒト付き合いが下手でな」 聞いちゃいねえ。 「仲良くしてやってくれないか?いや、事実なら……だが」 「人違いなんで。失礼します」 僕は今度こそ教室を出る。 福山ももう何も言わなかった。 「酷い言い草」 「……なんでいるんですか?」 廊下を歩く僕の真後ろにピタリと速度を合わせ付いてくる亜印さん。 「私と香川君は別に顔見知りじゃないんでしょ。話しかけないでくれる?」 「じゃあ付いて来ないで下さい」 歩幅まで合わせて……何がしたいんだこのヒトは。 「私も帰るの。そこ邪魔だからどきなさい」 僕はおとなしく廊下の脇に移動して道を譲る。 付き合いは短いが、亜印さんは怒っている。間違いない。 「覚えてなさいよ」 「いてえっ!」 亜印さんは低い声で捨て台詞を残すと、グりっと僕の足の甲を踏みしめて歩き去った。
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