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「姉さんか。意外と早かったんだね、買い物」
冬眞が振り返った先には艶やかな黒髪を後ろで一つに束ねている女性がいた。
冬眞と同じ琥珀色の瞳が不安げに揺れている。
名を風間春菜といい、冬眞と五歳差の姉であると同時に良き理解者でもある。潤の母親と仲が良く一緒に買い物に出かけるほどだ。
買い物袋を舎弟に預けると、春菜は冬眞の隣に優雅に腰掛けた。
「俺は……」
言い掛けて冬眞は口をつぐんだ。声に出したくなかった。
現実だとしても受け入れられない自分がいる。
「ごめん、一人にさせて」
自分を呼ぶ声は無かった。
ただ、「分かったわ」とだけ小さく呟いた姉さんの背中が大きくみえた。
周りを見渡してから行動する余裕など、今の自分には無かった。
長い廊下を突き進み、奥にある自室の引き戸を静かにスライドさせる。
万年床と化している布団に横たわり年季の入った天井を眺めた。
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