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小さいときは嫌いだった。
怒りっぽい私には伊織のお世話は煩わしかったし、幼馴染だからって懐いてくる伊織も伊織だった。
目が霞むくらい、眩しくて。
そんな伊織はクラスの人気者。その陰に隠れていた私にとって、それはもう嫉妬の対象で。
私なんて。
何回思ったかな。
小学生だった私にとって伊織は邪魔な存在だなんて思ったのに。
でも本当はさ。
大好きだったんだよ。
クラスの人気者で幼馴染。
いちばん近い距離にいて、でも一番遠い距離にいた私。
そんな不毛な恋なんて幼心に拒否していた私には、たとえ大好きな人であっても邪魔な人。
新しい恋に進めなくなってしまうから。なんてそれらしい言い訳を心の中に抱え込んで。
私が我慢を覚えるくらい大人になれば、それでおしまいだと思ってたのに、未だにこの歪な恋心は無くならない。
それどころかいちいち私を刺激しながら大きくなっていくこの想いは逃げ場をなくして苦しかった。
千佳りん。
伊織はずっと私のことをそう呼ぶ。小学生のころから、何一つ変わらない笑顔と声色で。
伊織がそんなだから、私はいつまでたっても伊織から卒業できないし、こんな想いに苦しんでいるんだ。
伊織の笑顔が浮かんでは消えて、また浮かぶ。もう私の頭から消えないような気がしていた。
*********
「……やな夢だ」
ひとりごちた。
昔のころを思い出すのは、最近の癖。いつも夢の中に出てくる私はすすり泣いていた。
小さな部屋の片隅。
小さい体をさらに小さくして抱えた膝の間に顔をうずめて泣いて。
そしていつもそこに現れる伊織。
泣かないで、千佳りん。
そう言って拙い両手で私を抱きしめてくれる。それから決まって私の耳元でささやくんだ。
大好きだよって。
私がいつもそばにいるよって。
私はそれが嬉しくてまた泣く。でも夢の中での私は決して伊織を抱きしめない。ただ自分のためだけに泣いている。
そんな小さな自分に今の自分を重ねて、私は泣く。夢から覚めれば、いつだって目元は湿っていて少しばかりひりひりして。
まただ、なんて思いながら体を起こせば、外は雨だった。
しとしと降る水の粒は窓を優しく叩いて私に何かを訴える。
嫌な夢だ。
きっと嫌な夢だ。
憂鬱な気分に拍車がかかったように気分が悪い。
泣いていた。
未だに私は泣いていた。
部屋の片隅。
ベットの上で小さな私が泣いていたんだ。
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