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ヤな夢だ。
そう思って目を覚ませば、外はもう夕暮れ。
真っ赤な、真っ赤な太陽がどこか寂しげにそこにあって、つられるように胸がキュンと狭くなる。
伊織はどうしたのかな。
仲良くクラスメイトと帰っているといい。1人の下校は久しぶりだけれど、正直な話、今日は顔を合わせたくない気分だった。
ぽてぽて足を引くように歩きながら顔を上げた。
誰か、居る。
2mくらいの校門にもたれかかっている、―――誰か。
真っ赤な背景に映える黒い影。ちょうど逆光で顔は見えないけれど、すぐに分かる。分かってしまう。
伊織だ。
そう思って足を止めた瞬間、
「あっ、・・・千佳りん」
「・・・・・・伊織」
胸が一度だけズキンと疼く。まるで古傷に触ったみたいだった。
心の奥底に眠っていたはずの記憶が蘇って、目の前の情景と重なる。
そうだ、あの日だって―――――
******
「伊織のバカっ!」
そう言って小学5年生だった私はとなりのテーブルの伊織に向かって叫んだ。
確か図工の時間。
詳しいことは覚えていないけれど、きっと伊織にとっては些細なこと。でも私には多分大きなこと。
ぞわっと背筋を走った怒りに似たようなものに私は簡単に我を忘れた。
大きな何かに背中を押されるように、手当たり次第に物を投げつけて。
鉛筆、消しゴム、ボールペン、定規、丸めた紙屑。
―――ハサミ、カッターナイフ。
ぴっと紅が散った。
それはスローモーションのように展開されて、カタンとカッターナイフが床に落ちた音で我に帰った。
悲鳴、悲鳴、悲鳴。
教師が伊織に駆け寄って、呆然としている伊織を抱きかかえて教室を飛び出した時私は地べたに座り込んだ。
鮮やかな紅色が散った床が。ほんの少し血が付いたカッターナイフが。
――涙目で私を見つめる伊織が。
目に焼き付いて離れない。
ぐるぐる頭の中を廻って。
「うっ……、っ」
吐きだした。
胃の中のものと一緒に自分の中の黒いものを吐こうと、何度も何度もえずく。
出てくる涙は嘔吐に伴う生理的なものなのか、そのほかのものなのか分からなかったけど、私は泣いた。
ずっと、ずっと。
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