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「・・・・・・やっぱりわかってないじゃない」
「・・・・・・?」
好きだけど、違う。
過去の失敗が、伊織の優しさが、私の弱さが、昔は綺麗だったはずの私の想いを歪めていて。
そんな私の想いは伊織には知られたくなくて。ずっとひた隠しにしてきたのに。
―――でも。
「・・・でも、伊織は…」
「いいのっ!」
体が震えた。
大気まで震えたみたいだった。一瞬だけ静かになって、それから夕方の寂しげな風が鳴く。止まった時が動き出したみたいに。
「千佳りんはいつだってそう!私に気を使って、そのくせ寂しがり屋で・・・・・・そんなに私が嫌いかな?」
「・・・っ」
違う。
違うの。そうじゃない。
そう言いたいのに、口からは小さく吐息が漏れただけで言葉にならなくて。
「千佳りんは、・・・・・・もっと自分に優しくしていいんだよ。・・・自分に、私にだって甘えてもいいんだよ・・・」
伊織が泣くところを始めて見た。怒るところを始めて見た。
私がカッターナイフで傷つけた時も。冷たくあしらった時も。いつだって泣かなかったのに。
ひどく透明な雫が真っ白な彼女の頬を滑って、ぽたりと落ちる。それはそれは綺麗な宝石みたいで、咄嗟に手を伸ばす。
もちろん宝石なんか捕まえられるわけはなくて。代わりに捕まえた彼女の手をキュッと握りしめる。思っていたものより随分と小さいそれはまるで私に側に居てと言っているみたいだった。
「……私はあんたが思っているような人間じゃないよ…」
「そんなことないよ。千佳りんは…」
私は伊織を抱きしめる。
次の言葉は聞きたくなかった。
それが私に対する愛情の言葉でも、それはきっと私に優しくなかっただろうから。
「……千佳りん?」
「……嫌い」
「うん」
「嫌い。大嫌い」
「うん」
「……伊織」
――――好き。
唇を唇で塞ぐ。
こんな行為に意味があるなんて思っていなかったけど、それは案外面白いものだと思った。ただ粘膜を触れ合わせるだけなのに、頭の中で爆発したようにひどくくらくらする。
抵抗はなかった。
薄目で見た伊織の顔は真っ赤できつく目を閉じていて、自分の腕の中でこんな顔をさせていると思うと、胸が苦しかったりした。
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