届け

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「私、男の人を好きになれないんです」 彼女の話はそう始まった。 驚きと困惑。 口が出せなかったのは、かつてないほどの衝撃が頭を襲ったからだった。 彼女は私が何も言わないことにどう思ったのか、話は淡々と進んでいく。 「実は私、男の人に犯されたことあるんです。中学生の時に、強引に連れ出されて、ホテルで。見つかったときは、私はホテルで気絶してて、男は捕まってたそうです」 彼女はまるで文章を読むように流暢に言葉を紡ぐ。そこには怒りも苦しみも悲しみも感じない。ただ空虚な瞳だけがあって。 そのことが余計にショックだった。いつもは明るくて笑顔を振り撒いてる彼女の、何もない瞳が。 「それで私妊娠しちゃってて、おろすしかなくて。今まで住んでたところにはいられなくなって、ここに来たんです。・・・そこで、美姫さんに会いました」 みきさん。美姫さん。 彼女はその名前をとても愛おしそうに呼んだ。 「美姫さんは、社会人でした。その時私は高校生で。出会い系で知り合ったんです。もう私に男の人を好きになるつもりはなかったですから。出会い系ならそういう性癖の人を探せるし、誰かに抱きしめていてほしかった、から・・・」 彼女の声は涙に濡れていた。 鼻をすすりながら、言葉を吐き出すように体を折り曲げた。ぽたりと雫が垂れて、床に軌跡を残す。彼女の悲しみの跡だった。 「すごく、綺麗な人でした。・・・暖かくて、優しくて。私とはとても釣り合わないような、そんな人。・・・・・・とても大事にしてもらいました。私の過去を知って、・・・それでも私を抱きしめてくれたんです」 でも、と彼女は続けた。 がしかし彼女の口から一向にその先がない。涙はひどくなる一方で、もう彼女の口から出るのは、ひきつるような嗚咽だけだ。 そう、なんとなくわかってしまった、と。 そんな考えが頭をよぎった途端、私は我慢できなくなっていた。 「・・・っ」 びくりと彼女の震えがダイレクトに私に伝わった。 力の限り抱きしめたその体は本当に小さく冷え切っていて、この細い両肩にすべての苦しみや悲しみを背負ってきたのだと思い知らされる。 「もう、・・・我慢しなくて、いいよ」 堰を切ったように彼女は叫ばんばかりに泣き声を上げた。赤ちゃんのように、誰にも憚ることなく、私にしがみつきながら、泣いた。 .
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