桜井と佐野

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阪急夙川駅から梅田行きの最終電車は23時59分だった。 今ならまだ、引き返すことも、最終電車に乗り込むことも私が選択することができる。 ただ、私には前者しか選ぶことができないことは分かっていた。 きっと目に染みる煙草の煙の辛辣さが物語っているのだと思う。ホームに吹き込む風の冷たさと煙の痛さが涙を誘った。 通勤ラッシュのピークを過ぎてもまだ電車から降りる乗客はサラリーマンが多かった。 日付が変わる寸前の時間でも尚、世の中には働いている人がいるのだ。 諦めの溜息を吐いてホームに到着した電車の一番後ろの車両に両手をさすりながら乗り込んだ。 扉が閉まり、電車が発車する。 やっぱりな。と後方に置き去りにされた灰皿が笑っていた、気がした。 暖房の効いた車両に、今降りたばかりの乗客の生温かさが残っている隅の座席に座った。 十三駅までは30分弱で到着する。そうしてまた私は彼のためにあの雑踏へ向かうのだ。
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