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「ふふ。蒼い蒼い。そうは思わないかい?ねぇ、木村さん?」
「え…な、何で私の名前…」
そう言ってポニーテールの少女、木村睦〈キムラ ムツミ〉は、驚愕の表情を顔に浮かべて浪恵を見つめる。それをフェンス一枚隔てた向こう側で受けつつも、穏やかな笑みを浮かべて未だ空を見上げる浪恵に、睦も顔を上げた。
そこにはいつも通り。いや、いつも以上に蒼く、広い空が広がっていて、まるで吸い込まれそうだと睦は思う。
実際に吸い込まれる訳ではないというのに、人間の感性とはとても不可思議なものだ。
「広く、蒼い。全ての悪も善も包み込んでくれそうだと思わない?」
「そう、かな…?」
「おや、君は否定派かい?まぁ、かと言って私も肯定派という訳でも無いけどね」
クスクスと肩を震わせて笑う浪恵に、睦は瞳に警戒の色を混ぜる。何が言いたいか分からない、とでも言いたげな睦に浪恵は、やはり愉しそうな笑みを浮かべた。
カシャン、と乾いた音を立て、浪恵はフェンスに手をかける。そして、向こう側に居る睦を覗き込むように首を傾げた。
「ふむ。そういう理由じゃないと。それじゃあ、君は何でそんな所に居るのかな?」
「…予想はつくでしょ?学生らしい、自殺するため」
「へぇ?」
その言葉を聞くと、浪恵は目を細めて口の端を吊り上げた。そんな浪恵に何を思ったか、睦は次々と言葉を口にする。
疲れたの。ありきたりだけど、若者らしい理由でしょ?生きてくのも、何をするのも苦痛にしかならないの。
段々と早口にまくし立てるように喋る睦に、浪恵は笑みを深めた。
早口や聞いてもいない事をべらべらと話すのは、緊張の現れ。自分で自分を納得させる為の言葉である、と。
つまり、その言葉は彼女の本心からの言葉では無い。偽りの言葉。
「それで?君は此処から落ちるのかい?君を虐げる人々を放置したまま?」
「…なんだ。貴方も知っていたの?」
「君は一種の有名人だからね」
「そう。でも、それなら分かるでしょ?私なんか必要とされてないの」
そう言うと、悲しそうに睦は顔を歪め、目を閉じた。まるで、何も見たく無いというように。まるで、何も知りたく無いというように。
「――これ以上、痛い思いもしたくないし。それに、私が死ねばあの人達も人1人殺した事に罪悪感を―」
「それは、どうかな?」
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