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「約束は変更された。そう聞いたが?」
黒髪の男は彼を支えようとして、やめた。青年は自分で立っている。自分の意志で。ここから飛び降りるのも彼の意志。止めるのは野暮というものだろう。
「指切りし直してないからな」
「20歳を越えた大の大人が何を言っている」
男は青年の言葉に肩を竦めて笑った。なぜ彼が風に飛ばされないのか、男は不思議だった。あまりにも重い罪が、青年自身の重みを増しているとでもいうのだろうか。
「まったくだ。生まれ落ちたときから罪人か……大人になるまで気付かなかったなんて、嫌になるよ」
こんなことなら。こんなことになるならば……――。
1歩。鉄の甲板を足音を鳴らして進む。心なしか風当たりが強くなったような気がする。
「生まれて来なければ良かった」
もう1歩。今度は足音は鳴らない。そこには既に体重を支えてくれるものは何もない。ただ、虚空が広がっている。
刹那、青年の姿は消えた。あたかも、もともと存在していなかったかのように、音もなく。空に溶けてしまったかのように。
Exile in Blue Vault of Heaven
蒼天のエグザイル
「……逝ったか」
男はしばらくそこに立ち竦んでいたが、やがて思い出したかのように踵を返す。
「生々流転……次の生にせめて幸あらんことを。……ハッチを閉めろ」
風の音が止んでいく。外と繋がっていたハッチが男の命令によって閉じられているのだ。先程まで溢れていた陽光は徐々に小さくなり、辺りは闇に包まれていく。
そして、何も見えなくなった。
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