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1 怪異の足音
ヒタリ、ヒタリ――冷たく湿った足音が響いている。
幼い頃から罪悪感とでも言うべきネガティブな感情を胸に抱いてきた。それはまるで隣人のように近くに寄り添い、まるで影のように自身の身体を蝕んできた。
誰に罪を感じているのかも分からない。誰に償えばいいのかも分からない。とにかく分からなかったが、それは彼から生への渇望を奪い去っていた。
誰かが言った。
あの子は暗い子だと。あの子は自己主張しないと。誰かを押し退けて何かを求めたりはしない。目立たず、後ろに控え、常に何かに怯えるようにしていると。いつか自殺でもするんじゃないか、と。
そんな評価に彼は迷った。そう言う言葉を浴びせられるのは別に構わなかったが、“自分なんかのせいで”親や知人が悪く言われるのは嫌だ、と。
だから彼は、その不可解な隣人を、参謀のように死を囁く影を隠し、今日まで生きてきた。水にたゆたう海月のように流れに身を任せて。
自分なんかに価値はない。だったら、死んでもいいんじゃないか――。いつだってそう言う思考が鎌首をもたげるのだ。けれど、死のうとも思わない。どっち付かずの感情は彼の中で燻り続けていた。
ただ、それも今日までだ。あらかじめ定められていたかのように、彼の運命は加速していく。
ヒタリ、ヒタリ――運命の足音は彼のすぐ側まで迫っていた。
始まりが落下なら終わりも落下。彼の数奇な人生が今、幕を明ける――。
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