1 怪異の足音

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 っていうか、かけ布団もなくなってるし……、などとぼやきながら起き上がる。 「恐らく落下に伴う内耳への刺激が俺を覚醒させたんだな。ははは、冷静な俺が怖い」  違う。今、問題なのはそんなことではない。左、右、上、下。どこを探しても彼の親友(ベッド)はいない。スモールライトの作用で小さくなったという線もないだろう。  自分の脳では理解できないと判断したルイは、 「父さんーーん! 俺のベッド知らない?」 と、父親に助けを求めた。はたから聞けば意味不明な質問である。しかし、もしかしたら、父親がルイの寝てる間にテーブルクロス引きの要領でベッドを引き抜いた可能性がある。わけない。  ここは2階。階下から短い春休みしかない父親の声が返ってくるはずだった。  だが、返事は、 「ドタンバタンとうるさいわね。右手に何か宿しちゃう病気にかかってるのは分かってるけども、落ち着きなさい。中二病は治療不可よ」 という、少女の声だった。いや、少女というのには語弊があるかもしれない。  床に座り込むルイに雑言を浴びせかけたのは、少女から女性への階段を登り始め、あどけなさが凛々しさへと変わってゆく過渡期にあるかのようなルイの幼なじみ、藍田咲穂(さきほ)である。  長い黒髪に、モデル体型。テレビに出ている女優ほどではないが、高校のときはクラスでも1位、2位を争うほどの美人であった。  足が細く長いためタイトなスキニージーンズが似合うことを本人が自覚しているかは分からないが、白いブラウスと水色のジーンズはラフながらも清楚な洒落っ気を醸し出していた。  しかし、見てくれはいいが、性格が悪いというのがルイの見解であり、幼なじみのヒロインには向いていないというのが彼の口癖である。
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