一章 記憶と人格

3/3

13人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
彼の記憶とは違う、別人の記憶。 これが指す意味とは、別の人格が確かにこの体に存在していたということ。 そして、その人格を今はもう感じられない。 つまりは、もう存在していないということだ。 (俺がこの子の人格を消してしまったのか? まだ、幼いこの子を殺したのか……?) 『人格を消す』それは、その人の死を意味するのと同義だ。 身体は所詮器でしかない。 大事なのは中身。 精神や人格、魂といったモノだ。 その人をその人だと決める代えようのない唯一無二のモノ。 それを消し去ってしまった。 この事に彼はベッドの上で呆然としてしまう。 心の内は、罪悪感、その一言に尽きた。 「不可抗力、なんて言えねぇよな」 彼は己の幼き両手を握り締めながら、心の内で奪ってしまった命への謝罪と、未だ流れ込んでくる子供の記憶を垣間見ていた。 そして何か思い悩んでいるらしく、顔をしかめる。 それを繰り返していると、漸く答えが出たようだった。 「……山城 湊(やましろ みなと)。それがこの子の、俺の、名前……」 それから暫く、握り締めていた手をゆっくり広げ、手の平を静かに眺める。 それは、この現実を真っ正面から受け止めようとしているようにも見えた。 事実、彼はある戒めとともに受け止めることを決断していた。 「今から、俺は、僕は山城 湊だ。一生涯を賭して山城 湊として生きよう」 これが彼が、山城 湊という人間になった瞬間であった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加