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「エベル君、でしたっけ?」
「あー、君付けはやめて貰えると嬉しいんですが」
「いや、私の性格からして無理でしょう。君付けはさせてもらいます。話は先日しましたから、早速仕事に取り掛かってもらいます。いいですね?」
「もちろん。故郷で散々やってたからな、ポケットを付けるのは」
エベルは作業台に座ると、針と糸を持った。
白麻の服が何枚も置かれている。たまに絹の服もあった。それぞれ刺繍するであろう場所に印がついている。
「……もう夕暮れだな。終わりか。仕事も」
「うん。君たちは帰っていいよ」
「……まだやんのか?」
「いや、後片付けだけだよ」
エベルはさっさっと荷物を纏めた。といっても物は殆ど無いのだが。手をいっぱいに広げながら伸びをしつつ、欠伸をする。
「そうか。じゃあ、帰る」
外は夕暮れ時を過ぎて、薄暗くなっている。街灯が幾つかあるだけだ。朝の活気もしぼんで、人影はまばらだった。
「まあ店が開いていないんだから、当たり前か」
エベルは無意識で腰に手を回した。このご時世だ、金が盗まれることは少なくない。これもまた習慣で、無意識で手を離す。
「って、あれ?」
いつもはある筈の膨らみが無い。
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