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「待てっ」
町外れの桜の木のところまで駆けてきて、史規はやっとの思いで広文を捕まえた。
その掴んだ手首の思わぬ細さが、史規の胸を締めつけた。
「あはは…っ。やっぱ足、早いなぁ――義兄ちゃん」
広文は息を切らせて、史規に笑顔を向けた。
花が咲いたかのような広文の笑顔――
「俺は…承知してへんぞ…広文」
震える声で史規は言った。
しかし、広文はそれには答えず、ただ笑って史規を見つめているだけだった。
広文の笑顔は、春の花だった。
それは見る者の胸を暖かくする。
どんなに不幸な者でも、思わずつられて笑みを零す。
そんな笑顔――
しかし、その笑顔が、今は史規を苛立たせるばかりだった。
「なんでや…なんで、おまえが…」
怒りと焦燥で、史規の声が詰まる。
震える手に思わず、力がこもった。
「痛いって」
握り締められた手首の痛みに顰められた広文の表情に我に返って、手を離した。
「あーあ。紅なってもうたやん」
広文は、やっと解放された手首を摩って、史規をいたずらっぽく見つめた。
いつもと変わらない、その美しい顔が恨めしい。
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