吉原奇譚 其の一 (『春祭り』参加作品)

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「待てっ」 町外れの桜の木のところまで駆けてきて、史規はやっとの思いで広文を捕まえた。 その掴んだ手首の思わぬ細さが、史規の胸を締めつけた。 「あはは…っ。やっぱ足、早いなぁ――義兄ちゃん」 広文は息を切らせて、史規に笑顔を向けた。 花が咲いたかのような広文の笑顔―― 「俺は…承知してへんぞ…広文」 震える声で史規は言った。 しかし、広文はそれには答えず、ただ笑って史規を見つめているだけだった。 広文の笑顔は、春の花だった。 それは見る者の胸を暖かくする。 どんなに不幸な者でも、思わずつられて笑みを零す。 そんな笑顔―― しかし、その笑顔が、今は史規を苛立たせるばかりだった。 「なんでや…なんで、おまえが…」 怒りと焦燥で、史規の声が詰まる。 震える手に思わず、力がこもった。 「痛いって」 握り締められた手首の痛みに顰められた広文の表情に我に返って、手を離した。 「あーあ。紅なってもうたやん」 広文は、やっと解放された手首を摩って、史規をいたずらっぽく見つめた。 いつもと変わらない、その美しい顔が恨めしい。
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