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「俺は…おまえを売ってまで…、上の学校に行きたいなんて、思ってへん」
苦痛が塊となって喉の奥につかえているかのような息苦しさを覚えて、史規は眉根を寄せた。
「おまえを遊郭に売った金で…っ学校なんて行けへんっ」
史規は、広文が寄り掛かるようにして立っていた桜の木の幹に拳を叩きつけた。
じんわりと生温かい液体が拳を伝う。
広文は、背にしていた木の幹を振り返った。
それからそっと、史規の拳を手に取った。
「あーあ…。血ぃ出てもうたやんか」
広文は仕方がないと言うように少し困った顔で微笑むと、着物の裾を繰って、下履きを細く裂いた。
裾の間から、広文の白い足が見えた。
広文は、歯を使って下履きを噛み切ると、それを包帯代わりに史規の手に巻いた。
「気ぃつけなアカンで。これからは、おまえが怪我しても、俺は包帯、巻けへんねんから」
細く切った下履きを巻いた史規の拳を見つめて、広文は微笑んだ。
「広文…っ」
思わず名を呼んだ史規を、広文が見上げた。
幼い頃から小さかった義弟は、成長しても、今なお、史規を見上げるほどの大きさにしかならなかった。
「おまえの学校のせいだけとちゃうやん。オトンの病気…、金掛かるやろ?」
父の病気――
その事実が史規の心に重く圧し掛かった。
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