逃避回想

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僕はいつも下校時間になると共に学校を出るため、時刻はまだ3時過ぎ。 そんな微妙な時間だからか、辺りには僕と少女以外の通行人はいなく、悲鳴などがあがることはなかった。 だが、だからこそ僕の動揺は激しく、ただ呆然と少女が飛ばされた方向を見ることしかできなかった。 「嘘、だろ……」 目の前の光景が、すんなり頭に入らなかった。 何故入らないのか。 何が入らないのか。 何が起きたのか。 誰が何をいつどこでどのようにして………… 僕は、パニックになっていたんだ。 もちろん、走り去る車のナンバーを覚える余裕もない。 新たにブレーキ跡が残った道路の傍らに、立ち尽くす僕。 ほんの少し肌寒さを帯びた風が、金色に輝く稲穂群を揺らしていった。 僕が我に帰ったのは、それからしばらく後のことだった。 飛ばされた少女のことが頭に蘇り、慌ててホイールを回し移動する。 「だ……大丈夫?」 こんな状況に似合わない文句しか出てこない。 少女の姿は、田を囲む畦道から確認できた。 すぐにでも近くに行って声をかけ、抱き上げてあげたいが、車イスの僕にはそれは不可能。 とっさに僕は、制服のブレザーのポケットから携帯を取り出し、119へ。 何とか心を落ち着かせて状況を相手に伝えると、すぐに救急車を向かわせる、との返答が。 お願いします、と頭を下げながら電話を切る。 少女は、始めに見た状態から全く変化がない。 ピクリとも動かないのだ。 まさか…… もう、手遅れなのか……? そんな考えが脳裏をよぎった時、また4年前の光景がフラッシュバックする。 でも、いつもなら安らぎを得ていた光景が、今ではただただ残酷で惨い事故現場の映像でしかなかった。 救急車のサイレンが聞こえないか耳を澄ましながら、僕はひたすら祈る。
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