序章【椿と春の海】

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体が弱く、怪我をしやすい俺は、病院の常連だった。 だが、その病院が潰れてしまい、仕方なく俺は隣町の病院まで通院することとなった。 そしてある日、俺は見てしまった。 母さんの、泣いている姿を。 父さんと写っている写真を握り締めて、泣いている母さんを。 俺は見てしまった。 俺に気づいた母さんは 「あんたさえ、いなければ」 と、怒りを滲ませた言葉を、俺にぶつけた。 俺の中で、何かが壊れた。 それは、母さんに抱いていた、信頼、だった。 嫌いだとはわかっていた。 けれど、俺の思い過ごしであってほしかった。 そう、母さんが俺を嫌う筈がない。 そう思っていた。 その信頼は、あっさりと打ち砕かれた。 涙ながらに母さんは俺に今までの負の感情をぶつけた。 ──我慢、していたんだな。 俺は素直に、そう思った。 父さんと離婚したあの日から、今日まで、母さんはずっと我慢していたのだ。 お前さえ生まれなければという感情を、必死に抑えつけていたんだ。 やがて母さんはハッとし、ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返し何度も謝った。 ─…いいんだ、母さん。 俺も、ごめん。 生まれてきて、母さんを悲しませて、ごめん。
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