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──はずだった。
それを妨げたのは、風の音にも等しいくらいに小さく聞こえてきた名前だった。
「──荒川、縁〈あらかわ ゆかり〉……です。宜しくお願いします」
閉じかけていた目をゆっくりと開く。そして教卓の方へ視線をやる。もはや反射的にといっていいくらいの動きで。
そこに居たのは、周りから浴びせられる拍手に圧され気味の黒髪の少女だった。
「荒川、席は右端の飯沢の後ろでいいか?」
その問いに小さく頷くと、荒川縁はおどおどした様子で自らの席に向かう。
俺の視線は未だに彼女に釘付けで、“荒川縁”という名前が頭の中で何度も復唱されている。
だがそれも終わりが来て、彼女が席に着いた頃、俺の記憶の中にあった断片的な欠片たちが一つの塊になった。
──縁って、あの縁か……?
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