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又兵衛は全身の毛を逆立てて、その方を見た。 「んなに警戒するこたあねえだろうよ」 ふんと笑って言ったのは、尾の短い猫だった。 「わしに何か用か」 不快な物言いに又兵衛は金の瞳で睨み返した。 「アンタここいらの猫じゃねえんだろ。 悪いことは言わねえ。 ここから離れろ、出てけ」 「わしに指図するつもりか。若猫がよう言うわ」 まったく、最近の若いもんはなっとらん。 又兵衛は眼を見開き、尾を振り回した。 「そうじゃねえよ。 ここにいると危ねえから言ってんだよ。 今日だって何匹かの犬が人間に捕まるのを見たんだ。 あの剣幕はどう見たってありがたい話じゃあなさそうだぜ」 つんとして猫はその場にうずくまった。 どうもあの辺は日当たりが良さそうに見える。 又兵衛は若猫の隣に飛び乗った。 若猫は見てわかるほどに身を震わせて又兵衛を見上げた。 「して、猫共を見掛けんがどこへ消えた?」 胸をぐっと反って言う又兵衛の威圧に尾の短い猫は身を窄めたが、その威勢は衰えることはなかった。 「皆どっかに散らばって行ったよ。 今こんなとこにいたって――」 突然猫は口をつぐむと、尖った耳を立てて、四方八方に向きを変えた。 又兵衛も同じように耳を澄ませる。 車の音だろうか。エンジンが煙を吐く音がする。 そして複数の人間の靴と地面とがぶつかる音に、話し声が聞こえてきた。 「ほうら、人間様のお出ましだ。 厄介なことになる前に俺は行くが、アンタもさっさと失せたほうが身のためだぜ」 そう言うと尾の短い猫は軽やかに瓦礫の間を跳び越え、あっという間に姿は見えなくなった。
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