無印

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渡された書類を奴は素直に見始める。 「なにこれ?他のみんなの進路希望?」 「そうだ、皆しっかり自分の将来を決断している。 委員長なんか幼稚園の頃からT大に行くと決めてたそうだぞ」 「ふぅーん・・・・あ、ねぇねぇ先生」 「なんだ」 「この右上に描いてある印ってなんなの? 丸とか三角とか」 「ああ・・・それはな、皆の進路に問題が無いかチェックしていたんだ」 「問題?」 狭山が眉を寄せて首を傾げた。 「行きたい大学に学力が及んでなかったりして希望が叶いそうにないなら、止めないといけないだろ」 「止める・・・・」 狭山は書類を捲っていき、やがて白紙の書類を一枚取り出した。 いや、全くの白紙という訳じゃないか。 他と同じように、どこかの大学名や就職先が書かれるはずだったソレ。 けれどソレは、ただ"狭山 椋"と名前欄だけが埋められいた。 「俺のには印が無いんだね」 「希望が無いんじゃ付けようが無いだろ」 「あはは、確かにぃ」 「笑い事じゃない」 「あはは」 「狭山!」 奴はしばらく笑い続けたあと、涙の滲んだ目を拭った。 「・・・・全く、笑いは収まったか? 本当に笑い事じゃないんだ。 もっと真剣に考えろ」 「真剣に考えてるよ。 でも、笑うしか無いんだもん」 「は?」 「だってさ。これに俺の"希望"書いたら、先生ぜったいバツ描いちゃう・・・。 ねぇ、先生」 狭山は身を乗り出し、奴の顔が至近距離に迫る。 「な、なん・・!?」 いつになく真剣な表情。 急に大人びた奴は言った。 「俺は先生の気持ちに応えらんないから、 先生が俺の希望を叶えて・・・?」 唇に柔らかい感触。 「俺、真剣だから」 離れていった奴の顔が、やけに男らしく見えやがる。 私は顔を真っ赤にして自分のスーツのスカートを握り締め、この希望にどんな印を点ければいいのか、そればかりを考えていた。
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