怠獣~ナマケモノ~

9/12
前へ
/150ページ
次へ
「……あー……」  その瞬間、凸子の視界がぐらりと落ちる。気付けば地面をじっと眺めていた。 (めんど……くさいなあ……)  強烈に訪れた怠惰の感情。今自分が襲われているにもかかわらず、凸子は不可解な無力感に囚われていたのだ。  膝を落とし、ただぼーっと地面を眺める。それを視認し、少女はゆっくりと腰を上げた。 「……言い忘れてたわね」  少女の足音が聞こえる。ゆっくり、こちらに近づいてくるが……それを認識することすら、凸子は億劫に感じていた。 「……私の能力は、怠惰を操る程度の能力……触れた瞬間、あなたは怠惰に蝕まれる運命にあったのよ。私の名前は、名間倉彼方(ナマクラ カナタ)。怠獣(ナマケモノ)という妖怪よ」 「……なま、くら……」  ぼんやりと言葉だけが漏れる。正直、言葉を出すことすら、今の凸子には面倒な行為だった。 「……めんどくさいけど、これから食べられるあなたに……自己紹介だけ、してあげたわ」  ゆっくりと、彼方と名乗る少女の手が、凸子に伸びていく。  しかし次の瞬間、彼方は信じられない光景を目の当たりにする。 「……!?」  何一つ出来ないはずの凸子が、彼方の腕を掴んだのだ。 「めんど……くさい……」 (どういうこと……? 私に触れられて、動けるなんて……)  戸惑った。しかし、その理由を知ることは、彼方にとっては面倒臭いことである。 (……構いやしない。ただ手を掴んだだけ……すぐにとどめを……) 「めんど……くさい……」  呟く凸子の手が、彼方の腕を強く握り締めた。 「く……!?」  振りほどこうとした瞬間、彼方の目に映ったのは、こちらを力無く見据える凸子の顔。間違いなく、凸子は怠惰に蝕まれている。だが凸子はその手を掴んだまま、静かに呟いた。 「……負けるだなんて……めんどくさすぎる……」 「!」  彼方は理解した。凸子の思考が、根本的に、今まで襲い、手にかけてきた人間と違うことを。
/150ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加