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「……あー……」
その瞬間、凸子の視界がぐらりと落ちる。気付けば地面をじっと眺めていた。
(めんど……くさいなあ……)
強烈に訪れた怠惰の感情。今自分が襲われているにもかかわらず、凸子は不可解な無力感に囚われていたのだ。
膝を落とし、ただぼーっと地面を眺める。それを視認し、少女はゆっくりと腰を上げた。
「……言い忘れてたわね」
少女の足音が聞こえる。ゆっくり、こちらに近づいてくるが……それを認識することすら、凸子は億劫に感じていた。
「……私の能力は、怠惰を操る程度の能力……触れた瞬間、あなたは怠惰に蝕まれる運命にあったのよ。私の名前は、名間倉彼方(ナマクラ カナタ)。怠獣(ナマケモノ)という妖怪よ」
「……なま、くら……」
ぼんやりと言葉だけが漏れる。正直、言葉を出すことすら、今の凸子には面倒な行為だった。
「……めんどくさいけど、これから食べられるあなたに……自己紹介だけ、してあげたわ」
ゆっくりと、彼方と名乗る少女の手が、凸子に伸びていく。
しかし次の瞬間、彼方は信じられない光景を目の当たりにする。
「……!?」
何一つ出来ないはずの凸子が、彼方の腕を掴んだのだ。
「めんど……くさい……」
(どういうこと……? 私に触れられて、動けるなんて……)
戸惑った。しかし、その理由を知ることは、彼方にとっては面倒臭いことである。
(……構いやしない。ただ手を掴んだだけ……すぐにとどめを……)
「めんど……くさい……」
呟く凸子の手が、彼方の腕を強く握り締めた。
「く……!?」
振りほどこうとした瞬間、彼方の目に映ったのは、こちらを力無く見据える凸子の顔。間違いなく、凸子は怠惰に蝕まれている。だが凸子はその手を掴んだまま、静かに呟いた。
「……負けるだなんて……めんどくさすぎる……」
「!」
彼方は理解した。凸子の思考が、根本的に、今まで襲い、手にかけてきた人間と違うことを。
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