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彼方の怠惰を操る程度の能力。それは、人間が最も面倒だと感じる感情を強く引き出す効果を持っている。
大抵襲われた人間にとって最大のストレス要因は、その場で抵抗している、あるいは逃走している現実。そのストレスからいち早く開放されたいと願う本能を逆手に取り、闘争心と、逃走心を根こそぎ奪うのが、彼方の得意とするところであった。
しかし、凸子は違ったのだ。闘うことや、逃げることがストレスなのではない。負けるという結果を残すことが、最大のストレスだったのだ。
そのストレスから開放される術はただ一つ。そう、勝つことだった。
(……こんな人間がいるなんて……!)
「……勝つわよこんちきしょう」
無気力な言葉と裏腹に、引き寄せる凸子は力強かった。自らの能力に首を絞められる。それは彼方にとっては初めての経験であり、その戸惑いが、彼女の体を硬直させた。
ゴッ
とても少女が放つとは思えないアッパーカット。それを顎に直に食らい、彼方は二度目の青天井を味わう。
「あー……あ?」
ゆっくり立ち上がる凸子の瞳に生気が戻る。ふと前を見ると、彼方と名乗る少女は、仰向けになったまま、動けずにいた。
(……くらくらする……めんどい)
人間に二度もダウンを奪われた。そして最後の拳が、予想外に脳を揺らしてしまっている。動く怠惰と言ってもいい存在の彼方にとって、この精神的ダメージは大きくなくとも、戦意を奪うには十分であった。
「ふう……なんか、変な妖怪さんでしたねえ」
ひらひらと痺れる手首を振りながら、凸子は溜息交じりに彼女を睨む。
(……運がよかった)
勝ったとはいえ、凸子は心の底からそう思っていた。
もし、彼方が一切の驕り無くこちらを仕留めるつもりだったならば、恐らく凸子に勝ち目は無かっただろう。
彼女も弾幕を使えるだろう。肉弾戦を排除した、純粋な弾幕勝負になっていたならば、勝敗は分からなかった。
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