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「とりあえずこれに懲りたなら、むやみやたらに人間なんて襲わないことです。妖怪さんでも、人肉以外に食べられるものだってあるって聞きましたからねえ」
ひらひらと手を振り、その場を去ろうとする。正直、自分を食そうとした相手だ。あまり長居はしないほうがいいだろう。
「……待ちなさい」
その言葉に、凸子は足を止める。待てと言われりゃ待つ。凸子は残念ながら、そういう人間であった。
「……こんなめんどくさい人間は初めてよ。あなたをそうさせるものは、一体何?」
自分を普通だと思ってはいない凸子であったが、特別だとも思っていない。凸子にとってその質問は、少なからず戸惑う問いであったが……凸子は少し考え、口を開いた。
「努力、ですかねえ」
「……努力?」
「命預かったからにゃ、その命全うするまで、誰にも譲りたくはない。そのためには、奪われぬよう努力するしかないんですよ。人間って生き物は、弱い存在ですからねえ……努力無しにゃ、生きていくなんてとてもできないわけなんです」
少し哲学的過ぎたか? 凸子は心の中でそう思った。しかし、嘘偽りを話したつもりは無い。とりあえずこれでいいだろう。自分の中で、そう納得した。
「……貴女、名前は?」
「凹山凸子。ここでは、そうですねえ。幻想郷ですし……幻想賭博師とでも、名乗っておきましょか」
動かぬ強敵は、少なからず自分に興味を持っているらしい。それは凸子にとっては、謀らぬ幸運であった。
「いい勝負でした。次は食欲無しに戦えることを願ってますよ」
それだけ言うと、凸子は歩き始める。
「……凹山」
「なんです?」
どうやら、彼方はまだ何か言いたいらしい。
「……妖怪は、努力が出来ると思う?」
予想外の質問だった。しかし、凸子の答えは決まっていた。
「出来ますよ。人を必死に理解しようと、好きになろうとしている妖怪さんを、私は知ってますからねえ」
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