怠獣~ナマケモノ~

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「いただきます」 「いただきます」  互いに合掌し、その日の朝の食事にありつけることに感謝する。  凸子にとっても、慧音にとっても、食事に対する感謝は、当たり前のことであった。 「朝食までご馳走させていただいて、本当にありがとうございます」 「気にすることは無い。君は大事な生徒の命の恩人だ。困ったことがあれば、いつでも頼ってくれて構わない」  頭を下げる凸子に対し、どこまでも、慧音という人物は、生真面目に接してくれる。それは凸子にとってはこの上なくありがたいことであった。 「それより凸子、君は外来人と聞いているが、これからどうするつもりなんだ?」  大抵、外の世界から幻想郷に迷い込んだ人間、外来人が最初に行き着く問題は、衣食住である。  家は無い、金も無い、職も無い。無いもの尽くしである。  慧音は人間と親交を深めることの出来る、数少ない妖怪であり、歴史を時に食べ、時に隠し、時に修正する能力を持っている。故に、外来人に関しても、理解は深い。 「とりあえず、旅をしようと思っています」 「旅?」  賭博師が旅をするとは珍しい。慧音は興味深く眉をひそめる。 「上手く説明は出来ないんですが……どうも私には、私じゃない何かが隠されているみたいなんですよ」 「凸子では無い何か……?」  言葉の意味を理解出来なかったらしい。凸子は、自分が幻想郷にたどり着いたいきさつ、霊夢達と賭博勝負をしたこと、その時霊夢に問われた、己の存在に対する疑問。それを隠すことなく話した。  凸子は、普段はそういう話をするのは好まない。同情されるのが嫌いだからだ。  しかし、慧音には話してもいいと思った。  知識人であり、裏表無く、人を理解してくれる、人ではない、慧音ならばと。 「なるほど……複雑な経緯があったのだな。すまない」 「いえいえ。私もつい最近まで気付かなかったことですし」  話し辛いことだと感じたのだろうか。深々と頭を下げる慧音に対し、凸子も慌てて気を遣ってしまう。  仕草や言葉、一つ一つに、人間に対する気遣いを感じる。  上白沢慧音という妖怪は、それ程までに、人間が好きなのだ。  それが分かるからこそ、凸子も自然と、彼女に敬意を払わずにはいられなかった。
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