一、春

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男はまず腕試しで1ON1をすることになった。 一般的に男性は女性と1ON1をするのを拒む。 接触があるからである。 触ってはいけない所に触れてしまう恐怖。怪我をさせてしまう恐怖。 しかも百八十センチを優に越える大男に、百六十センチ中盤の低身長の上細身の女が相手。いくら日本代表であろうと体格差がありすぎる。 そんな触られるかも知れない、怪我をするかも知れない可能性があるにも関わらず、全力で来い、と女は言ったのだ。 「おおお!」 全力と言う言葉に男はフェイクの一つも入れず、吠えながら右ドリブルで強引にゴールに向かう。接触しても構わない、そんな心構えで突き進んだ。 しかし女はディフェンス側と言う立場にも関わらず、わざと抜かしてみせ男を素直にゴールに向かわせた。 男が女をドライブで抜いた直後は両者背中合わせの状態で そこから女は左半身に重心を持っていき、『ぼしきゅう』と呼ばれる足の親指の第二関節の部分を利用し、百八十度回転。 その遠心力を利用、右手を目一杯伸ばし、背後から男のボールをはたき奪った。 女がした一連の動作はバックファイアーと呼ばれる、相手の抜いたと言う安堵感のスキを突く技術であり、名前の由来はソ連で開発された戦略爆撃機Tu-22のコードネームから来ている。 「うーん、もうちょっと見込みあると思ったんだけど」 と女は人差し指でボールを地球儀のように回してみせる。 「なにが悪かったっすか?」 「全部。オフェンスになってない。素人じゃないんだからさ、フェイクの一つや二つ入れるべきだよ。後、何かセンターっぽいオフェンスだった。一対一だぜ?」 「なるほど、フェイクね」 と手の平をメモ帳に模して人差し指でなぞった。 女はその様子を見て、書かなくてもフェイクぐらい分かるでしょうに、と思った。 「ちゃんと指導して貰ったの? どこの高校よ」 「俺中学生ですよ」
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