自己紹介と、死んだふり。

2/8
前へ
/264ページ
次へ
☆★☆ 女性は、ティラミスと名乗った。 「会社に行こうとしてたんですよ。なんかでも、ぼーっとしてて。疲れがたまっていたのかなあ? いつも曲がる角を間違えて、反対に曲がっちゃったんですよね。そしたら、迷っちゃって。 焦るし、お腹すくし。朝ごはん抜きだったから。 戻ろうとしたけど、来た道もわかんなくなって。 コンビニ探してもないし、どこかお店に入って道を尋ねようって思っても、この辺りのお店、敷居が高そうで、入りにくい雰囲気でっ。 アンティークとか、高そうなものばっかりじゃないですかっ。 困ってたところで、ここ、見つけて。転んじゃったけどっ。でもよかった、人がいてくれて~!」 以上は、とりあえず店に入ってもらい、 おしぼりを手渡して泥を落としてもらっている間に、大急ぎで作ったべーグルサンドと、いちごを皿に盛り合わせ、出したところ、 猛然と食べ始めたティラミスが、語ったことだった。 すごい勢いでぱくついている。よほど空腹だったのだろう。 「はぐはぐ、コレ変わった味するけど、なにはさんでるの」 「チーズとバジルの葉、レタスだけですが」 「んぐんぐ、でもなんか味が違う」 「ハーブを漬け込んだオリーブオイルを塗りましたから、それでじゃないですか」 「むぐんぐ、そう? ん~もう、なんでも良いや、おいしい!」 「ありがとうございます……あの、ゆっくり噛んで下さい」 どうやら何も知らず、魔法小路に迷い込んだ客らしい、と店主は見当をつけた。 妙な店に入らなくて良かった。中にはかなり、たちの良くない店もある。 何気なく手にした品物から知らずに呪詛をもらい、ひどい目にあう『迷い客』の話は、ここでは珍しいものではない。
/264ページ

最初のコメントを投稿しよう!

264人が本棚に入れています
本棚に追加