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その茶屋の、朝はさほど早くない。
魔法小路の住人は、大体において夜を好む。
だから通りのどの店も、早朝から開いていることは、ほとんどない。
住人の時間に合わせてこの店も、昼過ぎから営業を始め、
深夜まで開いている、というパターンが多い。
さすがに一晩中、ということはないが、世間一般で知られている『喫茶店』や『茶屋』の営業時間からすると、
かなり遅くまで開いていると言えるだろう。
店の名前は、『ただの茶屋』。
本当は、ちゃんとした名前があった。
けれど、最初にこの店にやって来た、どうやら迷い込んだらしい、どこぞの騎士が、
珍しげに店内を観察し、首をひねり、
しげしげと店主を眺めた挙げ句、
『なんだ。ただの茶屋か』
と、言った。
魔法小路に何か、期待していたらしい。
そこで何の変哲もない店に出くわしたものだから、思わずそう言ってしまったのだろう。
店主は答えた。
『はい、うちはただの茶屋です。
お茶とお菓子がございますが、どうなさいますか』
騎士はむすりとした顔をして、ロールケーキやスコーンを睨んでいたが、
無言で席につき、出されたミルクティーと共に完食し、
代金を置いて帰って行った。
その後も何人か、同じような客が訪れた。
彼らは一様に、驚いたり、呆れたりした後、
決まって同じ台詞を言った。
『なんだ。ただの茶屋か』
魔法小路にありながら、魔法のまの字も出て来ない、
ごく当たり前の、普通の店。
落胆しつつも、その店のお茶とお菓子を堪能すると、
彼らは彼らの日常に戻って行った。
繰り返されるうちに、店の名前は忘れ去られた。
店は、『ただの茶屋』という通り名で、知られるようになってゆく。
魔法小路の『ただの茶屋』。
この店に出会うのは、ハズレだと言う者もいれば、
実はとても幸運だと言う者もいる。
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