パティシエになる、その時。

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イチゴタルトを食べ終えたころんは、次々と材料をキッチンに運び込んだ。なかなか古い木造の素朴な家だが、キッチンは増設に増設を重ね、ネズミが入れないように材料庫の壁はレンガ製だ。さらに鉄の壁で内壁を覆っている。 小麦粉や砂糖は1㎏の小袋にわけられており、前の物を一旦出してから新しい物から入れ直す。バター等低温を保たなければならない物は隣の冷蔵室へ。ミルクは痛みやすいので、少しずつ買ってこまめに補充。香草もすぐに痛んでしまうので注意が必要だ。母は次の本の印税が入ったら、香草やフルーツを育てる為の部屋と、世話をする魔導ロボットを買い、増設する気だそうだ。 「…ふぅ、終わった…」 「お疲れさま。イチゴタルト、まだ残っているから。これを食べながらまずお勉強しましょう。」 「うん!」 残りのイチゴタルトを切り分けてテーブルに運んできた母は、1つお皿に取り分けてころんへ渡した。 「ころんと私のイチゴタルト、何が違う?」 「…全部違うわ。タルト生地の味も、焼き加減も、カスタードクリームの柔らかさと甘さも、イチゴに塗られたシロップの香りも。」 「そうね。分量の違いでもあるし、経験の差もあるわ。けれど決定的なのは、『気持ち』よ。」 「…気持ち…」 「ころんはいつも言っているわね。『みんなを笑顔にしたい』って。けれど今のころんは『卒業したい』という気持ちでこれを作っている。違う?」 母の言う通りだった。 成績に追われ、担任の言葉に焦り、『卒業』に捕らわれて、本当の自分の願いを見失っていた。 「お母さんはね、このイチゴタルトを、『お使いと勉強熱心なころん』の為だけに作ったのよ。」 「あたしの、為にだけ…」 「頑張っているころんを応援したくて、気付いて欲しくて、このイチゴタルトを作ったわ。その『気持ち』が、これには入っているのよ。」 サクッとしたタルトケース。ふわりと甘いカスタードクリームに、甘酸っぱい苺。そしてそれに被さるシロップの香り。それに加わる、母親の温かさ。 「お客さんはそこまで見てないだろうけれど、確実に味には反映するわ。わかるわね?」
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