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ようやく盆を過ぎ、徐々に涼しくはなっていたが赤ん坊を背負って歩くには暑い。裏山の人目につかぬところで一休みしようとカヨは細い山道を登り始めた。
よく晴れた日で、色づき始めた木々が青空によく映えている。しかしカヨには、景色を楽しむ余裕などない。カヨの耳にはうっとうしい赤子の泣き声しか聞こえていない。
「この赤ん坊は」
とカヨは思う。
「この赤ん坊は、私の歳になっても故郷の村から引き離されたり、他人の子を背負って朝から晩まで働いたりすることはない。冬は手にあかぎれ作って水仕事をすることもない。それどころか、毎日白いまんまを食って、盆には新しい着物を買ってもらうんだ。なんでこんな子の面倒を私が見なければいけないのか、こんな子供、かわいいと思ったことなど一度もない。ただ黙って寝ていてくれさえすりゃいいのに…」
カヨは山道の脇に切り株を見つけると、腰かけて赤ん坊を背中からおろした。赤ん坊の手のひらは柔らかく、とても小さくて頼りない。自分にもこんなときがあったのだろうか、とカヨは思う。子供のころから毎日力仕事と水仕事をしてきたカヨの手は、皮が厚くなってごわごわとひび割れている。
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