序章

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暗闇のみが広がっていた部屋に 月の位置が変わったのか 一筋の光が射し込んできた。 その時初めて刀を交えていた相手の顔が はっきりと確認出来た。 どんな豪傑かと思っていたその相手は 意外にもさほど沖田と歳も変わらないような人物だった。 両手で槍を握るその姿は力強くもあったが 身体の線は細く普段は きっと優しい男なのだろうと思った。 「幕府の犬共めが ここで我等を斬ることが どれ程愚かかわからぬのか…」 常々不思議に思う。 長州の奴等はなぜ皆 口々に同じ様なことばかり言うのだろうかと。 僕からしたらこいつらの方が 余程愚かに見える。 問いに全く答える事もなく 刀を向け笑みを浮かべる沖田総司を 槍を握る吉田稔麿はいっそ哀れにさえ思った。 「お前はなぜ人を斬るのだ」 純粋な疑問だった。 噂に聞いていた沖田という男は 笑みを浮かべて冷酷に人を斬る鬼だ。 目の前の男は確かにその通りの様にも見えた。 だが吉田にはこの男が血に飢え 私利私欲で人を斬っているとは思えない。
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