序章

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「一体どうしたんだ そんなに咳…こん、で…」 永倉の位置からは最初 確認出来なかったのだろう。 沖田らしくもなく 何の反応も見せないのを不信に思い 覗き込むと永倉の目にもそれは映った。 「総司…お前…」 沖田の手のひらは真っ赤に染まっていた。 血で染まっていた。 その血が返り血などではないの 一目でわかる。 どす黒い血ではない。 驚く程に鮮やかな色だった。 永倉が反らすことも出来ずに みつめていた手のひらを 隠す様に沖田は握り締めた。 「ははっ返り血が口に入ってむせちゃった… 永倉さん、近藤先生と土方さんには 言わないで下さいよ? 情けないって叱られちゃうから」 沖田は握った拳で乱暴に口元を拭うと 永倉に笑顔を向けた。 「総司…」 永倉はかけてやる言葉がみつからなかった。 どう見たって返り血などではないのだ。 沖田は今 目の前で血を吐いた。 だがそれを健気にも隠そうとしている。 近藤と土方には及ばないにしても 兄分として慕う自分にすら 隠そうとしているのだ。 永倉はそれが 悲しく 切なく 哀れで 何より情けなかった。 「ねぇ…お願い…だか、ら」 沖田は永倉が なにも答えを返してくれないことに 精一杯に浮かべていた笑顔を弱々しく歪める。 そして永倉の返答を確認することが出来ないまま ふ、と意識を失った。 沖田は遠くで自分を呼ぶ永倉の声が聞こえていたが 身体は重く 目を開くことも出来なかった。
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