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「ん……」
昨日二人で寝付いた筈のベッド。だが、少女は自分の温もりしか感じられないことに気付きゆっくりと重たい瞼を開ける。途端、瞳を眩ませ視界を遮る朝の日差しが休息の時間は終わりだと告げるように、白のカーテンを介して春の温もりを少女に届けた。
彼女は身体に掛けられたシーツを乱雑に投げ置いて窓に歩み寄り、力一杯カーテンをスライドさせてそこから見える世界二大都市の一つ、貿易と商業に栄え資金力の高さと周囲を囲む五十メートルの鉄壁を誇るルヴィアの全てを一望するのが彼女の日課。
この国で最も高い場所に位置する少女の部屋が意味するのものは、国王を受け継ぐ権利の証明。そして、いずれ民を統治し国を良い方向に先導する王女である彼女は、毎朝平和なルヴィアを眺めることが好きであった。
「失礼します」
単調な使用人の声が部屋に響く。少女は、どうぞ、と一言だけ放つと部屋に設置された丸テーブル型のデスクの椅子に腰を下ろした。
「リリア様がお見えになりませんが、もしかしてまたですか?」
手に二つのティーカップ持った男は丁寧に頭を一度下げて部屋に踏み入る。黒髪、黒瞳、黒い執事服。決して顔付きが良いとはいえない。しかし、端麗な仕草と王家に仕えるべき要領を兼ね備えた彼は、誰が見ても使用人という仕事を完璧に熟していた。
王家の使用人には、男、女ともに端整な顔を持つ者は絶対に選ばることはない。それは元を辿れば簡単な理由だ。王家の血の者が使用人に恋愛感情なるものを抱かぬよう、使用人を採用する際は技量があり、それでいて顔付きは普遍的な者を選ぶことが鉄則とされる。使用人は表に出る存在ではないし、結局使用人は何処まで行っても使用人としての扱いしか受けないのだから。
少女は甘い薫りに誘われルヴィア産のハーブで煎れたティーを少量口に含む。それほどしつこくない甘さと独特の渋味、ほのかに香るハーブの匂いに酔いしれながら少女は満足気な表情で爽やかな朝の幸福な時を静かに過ごす。
「また、ですよ。お姉様は朝早くから下街に出て行ったみたいです」
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