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「あのね、あれは信号って言ってね。
赤い時には渡っちゃいけないの。
青になるまで、待って渡るもんなんだよ」
「どうして?」
「車にぶつかっちゃうから。痛いよー血が一杯出るよー」
大げさな動きと一緒に痛みを表現しても、彼は無表情。
ううん、今時の子供は無感動だ。
頭を抱えて腕を組むあたしに背を向け、歩き出そうとする。
その腕をとっ掴むと、ぴり、と指先が痛む。
静電気だ。
秋なのに珍しい、けれどここで手を離す訳にはいかない。
腕を掴んだままのあたしを、少年は不思議そうに見上げる。
着ていたジャケットを自転車の後ろの荷台にくくりつけ、少年を促した。
「なに?」
「まあまあ、歩きより自転車の方が早いでしょう。家まで送るよ」
信号も分からないような子、一人で歩かせるなんて。
この子の親もどうかしてる。
確かに車の少ない町だけど、危険はゼロじゃない。
それにこんな可愛い子、誘拐されちゃうとか考えないのかな。
目を丸くする少年を抱きあげて荷台に座らせ、あたしもサドルに座る。
小さな手を掴んであたしの腰に巻き付けると、案外素直にしがみついてきた。
警戒心のない子だなぁ。
家がどっちの方か聞いてみると、しばらく黙った後「真っ直ぐ」と答えが返って来た。
それに頷き、青になってからペダルを踏んだ。
――その時あたしは、荷台の少年が浮かべる黒い笑みにはすっぱりさっぱり気付いていなかった。
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