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「入りなさい」
扉の向こうから聞こえる声はまるで聖母のような、身体どころか魂までも包み込む声音だったが、エルの思考は停止しており馬の耳に念仏状態。
「はっ……ちょっとエル、しっかりしなさい」
茫然自失としていたエルに気付いたセレスは肘先でつついて彼女の思考を呼び戻させる。
時間にして約十秒程消失していた思考が戻ってきたエルは、普段ならば恥ずかしがり赤面するはずの場面でそうならず、見えない鎖で引かれるように先行くセレスに着いて扉の中へ入っていった。
「失礼します。ルシファー様、エル・ヘンリットをお連れしました」
セレスが片膝をつき、顔のまで手を組み語る横で、エルも真似て同じ格好を取る。
勢いで入ってしまった室内にチラリと視線を向けると、外から見る豪華さとは裏腹に広いものの質素な造りとなっていた。
左右の壁には中に絵画などは一切入っていないにも関わらず額縁だけが幾つも掛けられ、奥には室内に光を取り入れる為の大きなテラスが見え、その手前にポツンとデスクが一つ存在するだけだった。
部屋の主はデスクで何かしら作業していたであろう手を止め、顔を上げる。
「ご苦労様。相変わらず仕事が速くて助かります」
続く労いの言葉に合わせ、開いていた扉が再び勝手に動き、音も無く閉じられた。
「お褒めの言葉、恐縮です」
相手があのルシファーであるためか、セレスのいつも人をからかったりしている姿とは違い平身低頭の姿勢に内心驚く。
とはいえそれも致し方ないだろう。
彼女らの住まう天界には神を筆頭に下に天使達が仕えている。
その中で唯一ルシファーは神に認められ、神と同等の位を譲り受けているのだ。
その証拠に席を立った彼女の背には六対十二枚もの翼が存在した。
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