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ゆっくりと出て行った看守長を見送り、ベッドから立ち上がった。
スプリングがギシギシと鳴る。
そろそろ新しいベッドが必要かと考えつつ、備え付けてある箪笥を開ける。
仕事着しか入っていない為空っぽに等しい。
Tシャツをベッドに脱ぎ捨て、ハンガーからワインレッドのブラウスを取り出す。
久々に着るその感覚にいつぶりかと笑いが零れた。
壁にあるカレンダーは最後に仕事をした時のまま止まっている。
めくる必要がないのだ。
動くことをやめてしまった時計のように、時を刻むことのできない自分には。
先程言われた言葉が蘇る。
「変わらない、変わりませんよ、変われないのだから、変わる必要もありませんし、感じません。」
思わず自嘲してしまうその内容。
さて仕事だ、忘れましょうと、気を引き締めるように黒いネクタイを締めた。
上着を出そうとするが、あることに気付き手を止めた。
「おや、私としたことが聞きそびれてしまいましたね。」
届け先によって上着は変わる。
一度砂漠が届け先なことがあったが、夜は寒かった。
とにかく寒かった。あの時ほどコートの存在に助けられたことはないだろう。
前線を離れすぎましたかと笑いを零し、少し悩んだ後何も取らず箪笥を閉めた。
手首のボタンを止め、扉近くの机を一瞥し、扉を出た。
遠退いていく足音。
机にあるのは一つの写真立て。
写っているのは苦笑いしている男と男に腕を絡めている満面の笑みを浮かべた女。
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