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何の恐れなしに、彼女は俺に向かって笑った。
それがあまりに不思議で、なぜ自分にそれが向けられているのか、頭は混乱するばかりで、
「…………」
俺はその場から、段々と退いていき、やがてある程度の距離を数秒保った後自分の部屋へと逃げ出した。
諌めるように母が声を上げたが、構わずに階段を駆け上がって自室に飛び込んだ。
胸の動機が激しく、息がまともに行われなかった。取り敢えず深呼吸。
今頃は母がきっと何かを謝って弁解していることだろう。しかしそんなことはどうでもよくて、思うことはただ一つ。
いい意味も悪い意味も含んで、彼女の姿が頭から離れない。
あの笑顔が本当に無垢で他意なく俺に向けられたことが不思議で、だけど嬉しかった。
反面、自分に話しかけてくれることに対して戸惑っている。もしかしたらどこか変に思われているかもしれない。
「……ふぅ」
ようやく落ち着いたところで、脱力感を得た俺は床に伏した。
──ドンドン。
ドアを叩く音が響いた。
誰だろうか。母だろうか。
「──おにいちゃん?」
この少しゆったりとしたマイペースな声は、純花。双子の姉の方である。
「アニキー、いるんだろ!? 出てきなよ」
続いて、節々に元気が溢れている声の、優希。妹の方。
「……」
しばらく黙っていたが、次第にドアを叩く音が大きくなっていき、為す術なく妹達に負けた。ゆっくりとドアを開ける。
妹達がいた。二人はなぜ俺が逃げたのか訊きたいような顔をした。
そして、目を逃がすようにして、視線を少し上方にスライドすると──
「──!?」
あの子がいた。
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