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「先輩、失礼します」
先輩を庇うように。肉付きもあまりしていないその細身の体を引き寄せて、抱き締めるようにしてその身を胸の中へ押さえつける。
「きゃっ、人前なのに大胆」なんて余計な声が聞こえた気がしたが無視。こうでもしないと、襲われた時に先輩だけやられかねない。
透明の化け物がどこかにいやがる。噂の元凶を退治しに来た俺達にとって、視覚情報が全く頼りにならない敵というのはとことん驚異である。
まだ、こちらを襲う気が無いのかもしれないが。正体を見てしまったからには身構えておかないと、何か起きてからでは後悔したってすまない。
全神経を周りに集中させる。視覚以外でならば、あの化け物を見つけられるかもしれないし。
そうして、歩行者信号が再び赤から青になるまでの数分。先輩を胸中にいれて庇いながら待ってはいるが、日常が流れる風景のどこにも変化は訪れず、体がどこかへ向かおうと急かし始めてきた。
この場では危機にならない。そう判断し、胸に埋(うず)めていた先輩を離すと。
「あの……いつも鳴家君を誘っている私が言うのは変かもしれないけど。こういうのは、その……明るい内から人前でやる事じゃないと思うんだけど……」
顔を赤らめては恥ずかしがっている様子で、目を下に背けながら俺に注意してきた。いつもそんな事をしている先輩にだけは言われたくないセリフである。
俺に対してアプローチを掛ける事は平然とするのに、受け身になればこれとは。受け身慣れしていないという弱点を見つけたのは成果である。
が、今はそんな大発見に喜んでいる場合ではない。頭に届く急かしと焦りが酷くなり、俺を突き動かそうとしているから。
「変な事を喋っている暇なんかありません。移動しますよ先輩」
先輩の手を取って、軽い体を引きながら小走りで信号が点滅している横断歩道を渡り切る。
それから道なりに進んでいく。24時間営業の青いコンビニの所を右に、すぐある交差点をまた右に、そこから直進して走る事数分掛けて。
着いた場所は歩道橋の真ん中。下を通る車も多く、人もまた多いこの場所で。目線は歩道橋と同じ高さにあるラーメン屋の屋上、何もないそこを釘付けしていた。
先輩が「ここがどうしたの?」なんて言いそうな顔をして、俺が向いている方向と俺を交互に見ている。
俺の目線がそこに固定しているという事は、つまりそこには。
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