追憶

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一月某日 ずいぶん寒い日だった。 子供たちを寝かしつけた俺は自転車に乗ってフラリ深夜の街へ向かった。 車の免許証は一年以上前に失効し、われなから冴えないと思うが、俺の稼ぎでは身の程かとも思う。 昔は確かに腹に憎悪をためて生きてきた 今でもそれは消えていないが、俺には守るものがある。 むしろ体内にトグロを巻く破滅への衝動すら宝を守る力に変えられる自分に満足していた。 しかしなんだろう? イヤ分かってる 居なくなった嫁のことだ。 理屈では整理をつけた、 それで充分じゃないか。 しかし納得出来ない感情が二年過ぎた今でも、俺の心に空虚な風になって通り過ぎる 「弱さかな。」 つぶやいた俺の目に派手なネオンが飛び込んできた。 「いらっしゃい。」 陽気なデブが俺に声をかけた。 「今日はどんな娘にします?」 気の弱そうな男が揉みてしながら聞いて来た。 正直俺は迷っていた。 別に女の肌で癒せる渇きはそれでいい。 しかし俺には渇いた喉に砂を噛む程度の効果しかないと分かっていたからだ。 「見はります?」 気弱そうな男が悩む俺を促した。 「じゃあそれで頼む。」 俺は意を決し、一万円を払うと個室へと案内された。 待つことしばし 「愛です。」 太った30過ぎの女が入って来た。 俺は失望を押し隠し、他愛のない身の上話を饒舌に語った。 どんな時でも心中の感情を読みとられない為には少々愚かに振舞うことだ。 それは俺の処世術の一つになっていた。 程なく愛は出て行き、俺は次の女を待った 「そらです。」 若いややすが眼の女が入って来た。 その時俺は何を感じたのだろう? 今でも思い出せない。 ただ何か愛おしい憎しみ、悲しい楽しみ。 何か相反する感情の入り混じった、どうにも説明の気分だったことを覚えている。 「君を呼ぶからよろしく。」 俺はそらに話しかけていた。 三人目の娘が去り、約束通りそらがやって来た。 俺は高鳴る胸を抑え、足早に自分の事を話していた。 二年前から消息不明の嫁の事、三人の子供と暮らしてること。 そらは同情の眼差しを俺に向け、聞き入っていた。 事が終わるとそらは携帯の番号を渡してくれた。 「また来て下さいね。」「もちろんまた来るよ。」 そんなやり取りはいつもの事だろう。 まして俺は一度は裏切りも経験してる身ならば、営業トーク以上には受け取らず、店を後にした。
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