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雲が、いくら丁寧にのばしても均等に散らばらない綿のようで、隙間から広がる背景は淡い壁紙に映したセロファンの色みたいで、例えばそれはありもしない幼き日の思い出のような色。
形容するならそんなかんじ。
差し込む黄色。ぼやけた青、くすむ赤。
影絵の手前みたいなビルの谷間。少しだけ空に近いタイルの道から、少し綺麗みたいな景色を。
片手に握って一心不乱、重要なことみたいにメールボックスを探ってた親指で電源ボタンを連打。
さりげなく画角を決め、軽い電子音を響かせる。
周りの人は気にしない態度で自然な立ち居振る舞いを意識する。
また何気なく歩きだす準備を頭がしている。
夜の明かりが白くて目で見るよりずっと、街は暗く映る。
ちらりとうかがう目で先を見たら、僕よりずっとぼけっと立つ人がいる。
僕みたいな作為的な自然ではきっとない。
だって、僕より街に似合わない。せわしなく振る舞う人々から乖離している。
それが知った顔だからたまらない。
ああどうしたものか。
その人の視界に入らないよう、遠巻きに背後に立つ。
なにを考えているのか、なにも考えていないのか。わからないけど、あの人の色は、すごい。
なにかを受信しているのか発しているのか、たやすく空気を変える人。
朧げで澄み渡っていて力強くあたたかで馴染んでいて硬質で希薄な空気。
僕には解析不可能な何かがある。
誰にも伝えられない。
だからまるごとその姿を画面におさめた。
写真機が嫌いな人。
音にまみれた世界で小さな音に振り向く人。
その敏感さが時々不敏になる人。
その人は、知らない人が嫌いだ。
構えたままの手を見て、そして無言の僕を見てくにゃりと口を歪める。
「なんだよー」
写真機が嫌いで知らない人が嫌いなその人は、知ってる僕を許してしまう。
怒ることもしない、あわれな人。
腰にぶつかってきてそのまま腕に巻き付く。
僕のとなり。
雑踏の中、その人は知らない人の目は気にしない。
知っている人の目はなおさら気にしない。
こういうところが、
まぶしい。胸が痛くなる。どうしようもない人。
嘘のない人とはこういう人をいうのかもしれない。
ぐりぐりとじゃれつく頭の下はきっと笑顔で、それは僕を許す合図でもある。
咎めればいいのに、それを選ばない。
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