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右手があたたかくて、左手ににぎりしめたままの携帯をさりげなくポケットにしまった。
すこし濁ったきれいな色の寄せ集めは、すぐに薄闇に染まって清らかな一色の光。
ああ。
その人はいつでも物語の中で、隣に僕を迎えてくれる。
誰もいない舞台にふたりきりで遊んでいる時みたく、人の目をおそれずにいる。
僕は守られている。
どうしたものか。
泣きそうになるのはいつだって僕のほうで。
繊細過ぎる計り知れない人は、前を見て笑う。僕を見て笑いかける。
幸せの切なさを憎んでいるくせに。
幸せを疎んじているくせに。
いつもいつもしあわせを甘受する。
疎ましく顔を歪めてしまえばいいのに。
ぼうっとした顔ですべてを受け入れてしまう。
こんな赤は嫌いなくせに。
滲んだ汗が歪んだ髪を張り付けている。
いつか僕の刃もそんな顔して受け入れてしまうの。
誰かの刃も受け入れるの。
死が色濃く響く刃も変わらず、ぼうっと理解しないままに受け入れてしまうの。
ひんやりと凍えた指先を無駄に強くにぎりしめた。
他の力に触れてしまわないように。
こんな夏の日に見知った人が凍えてしまわないように。冷たい汗をかくことのないように。
もらった説明書はなにひとつ忘れはしない。
添える僕はすべてをみつめるから。
理解不能なあなたをこの胸に焼き付ける。
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