435人が本棚に入れています
本棚に追加
「中務、お屋形様の事、頼む!」
そう言い残すと、盛豊は出陣の支度を整え、すぐ様、馬上の人となって城から打って出た。これに従うは、百数十人ばかりの家臣である。
「この山内但馬守、織田上総介が首、貰い受けに参った!」
戦場へと疾駆する盛豊の軍勢、狙うは信長の首ただ一つだ。数の上では劣性を強いられている故、一気呵成に敵陣へと殴り込む。
だが、やはりこの勢いをもってしても、形勢を覆すまでには到らなかった。盛豊の軍勢は、忽ちの内に信長勢に囲まれ、その大半を失う。盛豊自身も、ついには追い詰められ自害して果てた。
これで、岩倉城は完全に戦意を喪失する。この後に開かれた評定は、もはや葬儀の場と見紛う程に暗く、重く沈んだ空気に包まれ、誰しもが口を噤んだ。
しかも、信長が幕府より尾張の守護職を賜ったとの話を岩倉勢はこの時ようやく知る。
「口惜しきかな…」
信賢は、不甲斐ない己の現状に只々歯軋りをする思いであった。廃嫡を企む父信安を国外に追放してまで手に入れた守護代の地位であったが、今やそれも虚しいものとなり果てた。
「事ここに及んでは、上総介の軍門に下るより他にない…」
屈辱を噛み締め、信賢は家臣に伝える。もはや、全ては決したのだ。城を明け渡し、信賢は美濃へ逃れ、岩倉城は信長の手によって破却された。こうして、尾張織田宗家にして上四郡守護代であった岩倉織田家は、伊勢守信賢の国外追放により、その最後を迎えたのである。
永禄二年三月、信長はついに父弾正忠信秀すら叶わなかった尾張統一をここに成し遂げたのであった──
≪了≫
最初のコメントを投稿しよう!