雲と憂鬱

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 ああ、本当に猫が店主なんだ。  そんなことを考えながら、友達が話題にしていた本屋の前で立ち止まった。茶色く変色し、少し傾いた看板には『まろん屋』という名前が掲げられている。  隣の喫茶店から、苦みのきつそうな珈琲の匂いが漂ってくる。  開いたままの書店のドアの奥。会計カウンタの机の上に、一匹の白い猫が口元をぶるう。と震わせて眠っていた。  扉をくぐると、コンビニのそれのようにベルが鳴り響き、彼の鼓膜が後ろに立った。目を覚ますわけでもなく、ただ慣れたように音だけを拾い、耳の位置はすぐに戻ったのだが。  あたりを見回すと、狭い店内に整頓された本棚が集まっている。  鼻をひくつかせて目を綴じた店主の隣に置かれた、低い本の山は、古い割に丁寧に扱われているらしく、埃一つない。一番上の一冊を手に取ってぱらぱらとめくると、端の折れた痕が見える。一枚一枚をまっすぐに伸ばしてたたまれていることからも、それらが愛おしさに満たされた指先に触れられていることがよく分かる。手垢をつけてしまって申し訳なく思い、近くにあった布できゅう、と拭き取った。  幸せ者だなあ、お前。本だけど。  主人を失っても、主人を変えても、いつまでも大切にされている本が、なんだろう。どこか羨ましいのかもしれない。  再び視線を目の前の雄猫に向けると、彼はただひたすら心地良さそうに寝息を立てている。もほりとした首に触れてみる、それは皺になった、大きな脂肪の塊になっていた。ぐにゃりとした感覚が気持ち悪いようで、面白い。
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